科学する二つの能力

山極壽一 (京都大学教授 / PWSプログラム分担者)
2014年06月29日

◎こだわりと発想の転換

1年半ほど前に、NHKの番組で、すイエんサーガールズと京大生が対決したことがある。すイエんサーとは、面白い科学の問題を中高生中心の女子タレントたちが解く番組だ。そのときは、京大の物理の先生が出した問題を、すイガールと京大理学部の1~4年の学生がそれぞれ4人のチームを作って解くことを競った。学部長の私は挑戦状の送り主として参加した。

与えられたのは、A41枚の紙とはさみを使って何かを作り、5メートルの高さから落として時間のかかる方が勝ち、という問題だった。1時間で完成品を一つ作り、各チーム4回の試技を行って落ちる時間を競う。すイガールだけにひとつだけヒントと、予備の試技が与えられる。対戦は、ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英さんを記念して建てられた益川ホールで行われた。

結果は京大チームの惨敗。京大チームが作ったのは小さなプロペラがついた筒状の物体で、くるくる回りながら落ちてくる。空気の抵抗をなるべく大きくして落ちる時間を稼ごうという工夫だ。対するすイガールは、何も手を加えないA4の紙をそのまま広げて水平にして落とした。紙は横に振れながら一瞬上に持ち上がって静止する。この効果を予測できたのが、すイガールたちの卓見だった。もちろん初めからこのことに気がついたわけではない。実にあきれるほど意見を交わし、試行錯誤を繰り返して行きついた結論だから、すばらしいと私は思う。

さて、面白いのは第2戦だった。今度はA4の紙を5枚用いて工作物を作り、同じように落ちる時間を競う。京大生が作ったのは大きな紙飛行機だった。ホールの2階からゆっくりと弧を描いて飛べば、かなりの時間を稼げると予測したのだ。3回の試技は途中で墜落、最後の試技で思うように飛ばすことができた。しかし、今度も京大生は勝つことができなかった。すイガールは、またしても5枚の紙を張り合わせて長方形の大きな紙を作り、それを水平に落とすという戦略に出たのだ。さすがに、今度は紙が折れ曲がり、弧を描かずに落下した。しかし、うまく弧を描くケースもあり、紙飛行機よりはるかに長い時間を稼ぐことができたのである。

講評で、私はすイガールの、まとまる力、勝利への意欲、こだわりを捨てるいさぎよさ、が京大生に勝っていたことをたたえた。京大生の敗因は、サイエンスへのこだわりをもっていたからだと私は思う。彼らは1枚の紙が描く軌跡にうすうす気がついてはいたのだが、全く何も手を加えずに勝負することに大きなためらいを覚えたのだ。2回目はさらに、その原理を知ってしまったがゆえに、相手の用いた方法を採用することができなかった。別の方法で勝たなければ自分たちのプライドが許さなかったのである。負け惜しみではなく、私はその態度をとてもうれしく思う。

科学の力には二つの側面がある。与えられた課題に対して、限られた時間内により良い解答を見つける。これは現代の社会が必要とし、常に競争の渦中にある企業が求めている能力だ。もうひとつは、思わぬ発想で常識をひっくり返し、新しい理論や世界観を作る能力だ。これには、時間は制限要因にならない。一生のうちに、そういった機会に巡り合い、その能力を一度でも示すことができればいい。コペルニクスも、ガリレオも、ニュートンも、そして益川さんもそういう幸運に恵まれた科学者だ。でもその大発見を成し遂げるまでに、気の遠くなるような思考実験があったはずである。それは決して与えられた問いから生まれたわけではないし、競争によって得られたわけでもない。まだ先人の気づかない真実を探し求めたいという野心を持ち続けたことが、その大発見を生み出したのである。

昨今、チームワークに優れた、即戦力として働ける人材を育てることが大学に求められている。すイガールたちの勝利は、その能力が大学とは違う世界で鍛えられることを示唆している。しかし、もうひとつの能力も私たちの社会にブレークスルーをもたらすために必要である。今の科学技術を100年前の誰が予想しただろうか。真の科学の力とは勝つ能力ではない。二つの能力を組み合わせることが夢ある未来を作るのだと思う。

この記事は,毎日新聞連載「時代の風」2014年06月29日掲載「科学する二つの能力・山極寿一」を、許可を得て転載したものです。